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オリアナ・ファラチを讃えて
ダニエル・パイプス http://www.danielpipes.org/12581/ Translation of the original text: Appreciating Oriana Fallaci
オリアナ・ファラチさんのご紹介を大変光栄に存じます。 イタリアのフローレンスで1930年に生まれた彼女は、反ファシストの家庭で育ち、お父様はムッソリーニと闘った指導者でした。ファラチさんは14歳で、レジスタンス運動に参加しました。戦争中の活動によって、イタリアで連合軍長から受賞されました。その後、フローレンス大学に通われました。 早い頃から書くことへの衝動がありました。9歳で「ナイーブな短編小説」と彼女が呼ぶものを書いていますし、(年齢について嘘をついた後)16歳で警察と病院の話題を報道し始めました。ここに、書く経験をどのように彼女が描写したかがあります。
あまり詩的ではない気分で、彼女はまた認めていました。「私を書くことに本当に押しやるものは、死の強迫観念なのよ。」 ファラチさんは引き続いて、『コリエーレ・デラ・セラ』紙、『ル・ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール』誌、『シュテルン』誌、『ライフ』誌、『ルック』誌、『ニューヨーク・マガジン』誌、『ワシントン・ポスト』紙、『新共和制』誌を含めたイタリア、欧州、アメリカの多くの出版物のために書きました。 戦争特派員として、私達の時代の主要な紛争を彼女は報道しました。
彼女は、アヤトッラー・ホメイニーをインタビューした唯一の人です。6時間かけました。ある時点で彼女は憤慨して、ご記憶のようにチャドルを剥ぎ取り、高僧の前にチャドルを持ち上げました。 挑戦的なインタビュー術で知られたファラチさんは、予期せぬ暴露をすることへとテーマを追い立てました。「戦争についてお話しません?」と1972年のインタビューで、彼女はヘンリー・キッシンジャーに挑みました。恐らくは、アメリカ人が最も良く覚えているものでしょう。このインタビュー前、キッシンジャーは自分の人生や人となりのことを報道でほとんど露わにしませんでした。ファラチさんは、なぜほんの一外交官がそのような名声を享受したのか、会話中、国務長官の発話後に、説明するよう続けました。彼はその質問をさっと交わしましたが、最終的に折れました。「時々」と彼は言いました。「お望みならば、私は自分が一人で馬にまたがってキャラバンを率いている、荒々しい西部物語のカウボーイだと考えています」。このように、キッシンジャーはどのように自分を考えているかを明らかにしました―英雄的な、米国政策の方向性をコントロールした印象的な指導者として―そして結果的に、大々的に批判されました。何年も後でさえ、キッシンジャーはファラチさんとのインタビューを「これまで報道人とした中で最も破滅的な会話」だと言及しました。 彼女のインタビューはまた、尋常ならぬ詳細を含みました。例えば、ヤーセル・アラファトについては、彼の「分厚いアラブの口髭と背の低さは、小さい手足や太い両足、どっしりした胴体、巨大なお尻、膨らんだお腹と組み合わさると、かなり奇妙に見える」と書きました。彼の頭や顔を非常に詳しく描写しました。「ほとんど頬や額がない。赤くて肉感的な唇の大きな口、攻撃的な鼻、催眠術をかける二つの眼に、すべてが要約されている。」 伝記作家であるジル・M・デュケインは、ファラチさんを「現代で最も偉大な政治家インタビュアー」だと呼んでいます。 彼女は13冊の本を書き、2冊を除いて全て英語に翻訳されました。全部で26言語に訳され、31ヶ国で出版されてきました。
2002年のインタビューでジョージ・W・ブッシュについて尋ねられて、「もう少し様子を見てみましょう。早過ぎますね」と彼女は答えました。「ブッシュは、ある一定の迫力と8年間米国が忘れてしまった尊厳をも兼ね備えているという印象があります。」しかし、イスラームを「平和の宗教」と特に大統領が呼ぶ時、彼女には見解の相違があります。「テレビで彼がそう言う度に私が何をするかご存じ?私は一人だから、テレビを見て言うの。『黙れ、黙れ、ブッシュ!』って。でもね、あの人には私が聞こえないのよ。」 初めの頃、ルポルタージュは何度も有害なやり方に彼女を押しやりました。近頃、彼女にとって危機をつくり出すのは、イスラームに関する彼女の直接的で断固とした著述です。ファラチさんは最近書きました。「私の人生は深刻な危機にあります。」 彼女はまた、法的問題を抱えています。2002年にフランスで二度、裁判にかけられました。2005年5月にはイタリアで告発されました。「国家によって認められた宗教の中傷」で有罪とされるイタリアの刑法典の条項下で起訴されました。特に、『理性の力』がイスラームの名誉毀損をしているというのです。それ故にこう言えるかもしれません。欧州で最も祝されたジャーナリストが出生国で言論犯罪のお尋ね者なので、今マンハッタンで亡命生活をしている、と。 原告は、アデル・スミスと名乗るスコットランド系の過激派ムスリムです。『イスラームはオリアナ・ファラチを罰する』と題したパンフレットを書いた人だと考えられています。彼女を「排除」し「ファラチの所へ行って一緒に死ぬ」ようムスリム達に呼びかけているのです。ついでながら、スミスはまた、ボローニャ大聖堂にあるジョヴァンニ・ダ・モデナ作の中世のフレスコ『最後の審判』の破壊を呼びかけました。預言者ムハンマドが地獄で苦悩していると描いているからです。 著述によっても、ファラチさんはもちろん多くの機会を勝ち取りました。一つ言及したく存じます。ちょっとしたお喋りのためにベネディクト16世に招待された最初の人々の中に、彼女はいました。公に無神論者だと宣言していたので、なおのこと一層重要な出会いでした。面会前、新教皇についてファラチさんが言わなければならなかったことです。
今晩ここで、私達がファラチさんをお迎えすることは格別な名誉です。と申しますのは、必ずしも社交界の名士として知られているのではないからです。ご自分の仕事習慣については、このように描写しています。
結びは、遺すものについて語っているオリアナ・ファラチさんです。著書を通して、彼女は希望しています。
皆様、『欧州の黙示:イスラームと西洋』で語られるオリアナ・ファラチさんをご静聴ください。 2006年9月18日追記:フランス語で『激怒と誇り』が出た時、『季刊中東』に書評を書きました。 2011年4月16日追記:『カダフィの空しい自慢』で、ファラチさんの特別インタビューに焦点を当てました。 Related Topics: Media, Muslims in the West, Radical Islam receive the latest by email: subscribe to daniel pipes' free mailing list This text may be reposted or forwarded so long as it is presented as an integral whole with complete and accurate information provided about its author, date, place of publication, and original URL. |
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