|
|||||||||||||
|
|||||||||||||
過激なイスラームにとっての左派デニス・クシニッチ
ダニエル・パイプス http://www.danielpipes.org/12323/ Translation of the original text: Dennis Kucinich, Lefty for Radical Islam ケイス・エリソンとアンドレ・カールソンは、米国議会に奉職する初の二人のムスリムとして相当な注目を集めている。しかしながら、彼らの存在の真新しさは、イスラーム主義者の権益や主張のために水運びもする、常に民主党の左翼にいる他の代表者達が議会に含まれているという事実を覆い隠すべきではない。 彼ら自身はムスリムではなく、割合に不明瞭なことはあまり注目を惹きつけていないし、もっと効果的にさせているかもしれない。例えば、2009年に米国議会下院がハマスに対するイスラエルの自衛権に関する決議を390対5で賛成投票した時、カールソンは決議に賛意を投じ、エリソンは「出席」に投票した。その反対に、デニス・J・クシニッチ、グウェン・ムーア、ロン・ポール、ニック・ラホール、マクシン・ウォーターズは「否」票を投じた。それらの5人に加えて、同類にはシンシア・マッキニー、グレゴリー・ミーク、ジェームス・モランをも含む。
話題の幅に関するクシニッチの極左の諸見解(最も記憶されるべきは、平和局を設立するという約束)は、その当時、遊説行脚の行程を必ずしも猛スピードで行かなかったが、彼の政綱は、実に、砕かれたレースにおいて、割と多くの民主党有権者の中で共鳴したのだった。彼は、ユタ州とワシントン州で8パーセントの投票を勝ち取った。地元のオハイオ州では9パーセント、メイン州では16パーセント、ミネソタ州では17パーセント、ハワイ州では印象的な26パーセントを勝利した。(2008年の大統領選キャンペーンで全く失敗に終わった努力と比較できる。どこでも2パーセント以上の投票を勝ち取れなかったのだ。) この立派な形勢が、順に、その候補者のイスラーム主義に関する見解や行動を比類なく暴露した2004年のキャンペーンに、かなりのニュース報道をもたらした。 クシニッチの立場既に2004年より前に、クシニッチは、世界中でイスラーム法(シャリーア)の適用を求めるイデオロギーとして定義された、イスラーム主義に対する好みを示していた。例えば、1997年にワシントンで当時君臨していたイスラーム主義者のアブドゥラーマン・アラモウディから500ドルの寄付を受け取るよう、彼は主張していた。リビアの諜報機関から金を受け取った容疑でアラモウディが2003年に逮捕され、長期に及ぶ刑務所行きとなった後になってやっと、クシニッチは最終的に1997年の寄付を返金したのだった。 2004年の大統領キャンペーン中、クシニッチは過激なイスラーム・メッセージの重要な諸要素を採択し、北米で最も攻撃的なイスラーム主義集団のアメリカ・イスラーム関係協議会(CAIR)と密接に働いた。彼は、アメリカのムスリムについて「過去数年以上、大変苦しんで」きたこと、彼らが「スケープゴートにされ、プロファイリングの対象とされ、デモクラシーにおいて真に矛盾する法強制の実践の対象であった」と、その路線に共鳴した。彼は重要な諸政策(イラク戦争、米国愛国者法、「パレスチナの権利の支持」への反対)がムスリムに友好的だと表明した。彼は普遍的な健康保険の提案を論じさえし、「あまり恵まれず、貧困にある人々のために提供する(イスラーム的)宗教信条と一致する」として、公教育を拡大した。
ある報道者は、ムスリム達とのある顕著な会合で、クシニッチが「巡回説教者の情熱」でクルアーンをどのように引用したか描写した。そして聴衆を立ち上がらせ、「神は偉大なり」(アッラーフ・アクバル)を唱和した。別のムスリム聴衆には、「私は事務所にクルアーン一冊を保持しています」と公表した。 (この中でクシニッチは、元英国首相のトニー・ブレアが、2011年6月に発表したことを予期した。「私は毎日クルアーンを読んでいます。部分的には、世界で起こっている物事の幾らかを理解するためにですが、主に、非常にためになるからです」。) 彼のキャンペーン用のウェブサイトは、アラブ系アメリカ人に充てる一つの特別なページとムスリムに充てる別のページを持っていた。クシニッチのキャンペーン文書には、アラビア語に翻訳されたものもある。特別に興味があるのは、「ムスリム共同体に彼自身がアクセスできるようにした長い記録」を褒め称えているページである。
それに加えて、クシニッチが「キャンペーン・スタッフに、クシニッチ・コーディネーター用のナショナル・ムスリムというポストを創設した」と、そのサイトは続けた。合わせて、「キャンペーンのボランティアとして働いているムスリムは、クシニッチ・コーディネーター用のナショナル・ムスリムを含めて、候補者自身のみならず、彼のスタッフにも歓迎されていることを見出した。そして実際に、彼らと共に働き、ムスリム共同体に心を通わせたいと熱心になる」。 クシニッチはまた、ムスリムの中で支援を押し売りした。証拠としてイスラーム主義組織の名を挙げる。
連帯というこれらの表現の返礼に、クシニッチはムスリムの選挙支持を探した。驚くことでもないが、クシニッチはムスリム達に、彼らの政治力を拡張するために一街区として投票するよう促した。これは、イスラーム主義組織の路線に従うばかりでなく、推測されるには、彼らの票の受益者でありたいという彼の希望を反映してもいた。 クシニッチの日程表その候補者は、面と向かってムスリムに挨拶し、会うために、相当な時間と努力を捧げた。例えば、ニュース専門放送局のMSNBCは、「国中を遊説して回る時、その項目にはモスクとムスリム組織がある」ことを彼がどのように確認したかに気づいた。主なシーズンの頂点から部分的にとったリストは、次のようなものを含んでいた。
2004年の後
ヒスボラとイスラエルの戦争中の2006年に、彼は中東を訪問した。そして、イスラエルがもたらした破壊に専ら集中し、ヒスボラがイスラエルで攻撃した場所を訪れなかった。 2007年6月、米国下院は決議21「イスラエル国家の破壊を要求するイランの指導者マームード・アフマディーネジャードを、1948年のジェノサイド犯罪の防止と罰に関する協定と国連憲章を犯したかどで告発するために、国連安全保障理事会に訴えること」に対して411対2の投票をした。クシニッチは(ロン・ポールと並び)その決議に反対票を出した二人のうちの一人だった。 2008年に、極左の「インタープレス・サービス」によれば、クシニッチのみが、大統領候補でムスリム票を得ようと努めていたという。同年、彼はイランに関する米国政策を非難したが、米国に対するイラン政策は非難せず、「真実と和解に関する全国委員会」を設立する要求をした。彼が、ブッシュ政権の9.11への応答だった「潜在的な虚偽….アメリカ国民に暴くために、証言を強要し、公文書を集める権力を持ち」たがっているものである。 2009年にクシニッチは、健康保険問題 がムスリムに「あらゆる信仰の人々と接する機会」を提供すると述べながら、「すべての挨拶に平和を有するムスリムにとって、これは一つの教えられる瞬間です。現行の討論に関与しなさい」とムスリム支持を呼びかけた。 2010年の『季刊トルコ政策』とのインタビューで、クシニッチはトルコ人とイスラーム主義政府にへつらって言った。「トルコのムスリム兄弟姉妹に対して、私から、'Selamunaleykum'(平安があなた方にありますように)と申し上げます。私達は相互に平和を広げていくべきです。トルコは開かれた民主制で、多元的民主主義ですから、米国はイスラーム尊重を促進すべきです」。また2010年には、クシニッチはイスラーム主義路線を採用した。「狂信主義と過激主義」に火をつけることを助けたブッシュ政権と、オバマ政権によってなされた対アル・カーイダ無人機攻撃である。 イエメンのテロリスト・スポンサーだった米国市民で、米国内の幾つかの攻撃と関連していると非難されたアンワール・アル・アウラキの暗殺について、2010年にオバマ政権が権限を与えたことを、クシニッチは公的に非難した議会の唯一のメンバーだと報道されている。恐らく彼は、虐殺の最中に反対派に「喜んで耳を傾ける」姿勢を示しているとして、2011年にシリア政府の独裁者バシャール・アル・アサドを賞賛した唯一の人だろう。 結論
これは、ホワード・ディーンが、自身の2004年の大統領キャンペーンの間、クシニッチの足跡に従ったことによって確証される。パキスタン系アメリカ人全国協議会との関連では、例えば、どのようにディーンがミルウォーキー州で新たに形成されたアメリカ・ムスリム選挙協議会(MECA)の約100名の会員と会ったか。そうすることで、彼は「いかなるアメリカ大統領の志望者も、無視すべきではない一つの先例を作り出すようムスリムを助けた」と述べている。また、この出来事は、クシニッチがした範囲以上に進んでいることを表している。
将来の民主党候補者達が、(CAIRとその同類に定義されるように)ホワイト・ハウスにムスリムの権益を支持する約束をしているのを目撃することは、予想できるだろうか?私はそうだと予想する。より広範には、ディヴィド・ホロヴィツが『聖ならざる同盟』(レグネリー社)で、また私が多くの論考文で見抜いたように、左派と過激なイスラームの間で増大する連携が見られる。他の多くの成り行きの中で、選挙権の長期間の分類は、現在進行中である。2003年に「アラブ人とムスリムの中で共和党の経済に同情的な人は皆、民主党に投票するだろう。そして、ユダヤ人の中で中絶に関して民主党に合意する人は皆、共和党に投票するだろう」と私は書いた。 Related Topics: Council on American-Islamic Relations, Muslims in the United States, US politics receive the latest by email: subscribe to daniel pipes' free mailing list This text may be reposted or forwarded so long as it is presented as an integral whole with complete and accurate information provided about its author, date, place of publication, and original URL. |
Latest Articles ADVERTISEMENTS
Most Mailed |
||||||||||||
|
All materials written by Daniel Pipes on this site © 1968-2013 Daniel Pipes. Email: daniel.pipes@gmail.com You can help support Daniel Pipes' work by making a tax-deductible donation to the Middle East Forum. Daniel J. Pipes |
|||||||||||||